| ■セセデ連続講座2007年 9月 - 関係正常化の 障害にならない拉致問題
◆ポイント◆ 朝・日関係の正常化にとって障害になっているのは何か?「拉致問題」では決してない。 ![]() 写真提供:朝鮮通信社 7月18〜20日にかけて開かれた6者会談で参加国は、2.13合意の履行を確認し合った。そんな中、日本が6者会談自体の前進の障壁になりつつあり、各国に白い目を向けられているという。日本の言い分は、「拉致問題の解決」だ。しかし「拉致問題」は「すでに解決された問題」に過ぎない。共和国からすれば、日本当局による総聯組織と在日同胞に対する弾圧・差別を即刻中止しないことには、まともに話し合いもしないことであろう。なぜ「拉致問題」を解決済みと言えるのか。総聯組織への弾圧の不当性をより実感するためにも、今回は現日本当局の背骨とも言える「拉致問題」を時系列で振り返ってみる。 拉致問題の発覚から日本の約束破棄 今や日本中で知らない人がいない「拉致問題」の始まりは、1999年12月に遡る。当時訪朝していた村山富市首相(当時)率いる日本政党代表は、共和国側に日本人行方不明者13人に関して調査をするよう要請した。朝・日関係が悪化していた当時にも関わらず、共和国はこの問題を人道主義的問題と捉え調査を開始。2002年4月には問題解明のため、特別調査委員会も結成し調査を推し進めた。 その結果、1970年代末から1980年代初頭にかけて、共和国の一部の人たちが日本人を拉致した事件が起こっていたことが判明したのだ。日本が植民地時代に犯した蛮行を謝罪もせず、それどころか共和国を露骨に敵対視していた当時、反日感情を持ったある一部の人間が犯した事件であったという。 2002年9月に小泉純一郎首相(当時)が訪朝した際、共和国側は日本人行方不明者13人を拉致被害者と確認し、調査結果を日本側に通達した。「拉致問題」があったことについて共和国側は、朝・日最高位会談で公式遺憾を表明した。また共和国外務省は、拉致被害者生存者たちが希望する場合は日本への帰国や訪問が可能なように措置を取ることも明かした。同年9月28日〜10月1日、内閣府と外務省関係者たちによる日本政府代表団が訪朝し、拉致被害者たちの生活経緯や死亡者たちの死亡経緯、また実行犯への処罰などの調査結果を明記した資料が日本側に渡された。共和国側は日本の代表団が死亡者の墓地や火葬場、横田めぐみさんが入院していた病院などにも訪問出来るようにした。日本の代表団は訪朝結果に満足を示していたという。 そして「拉致問題」解決の最終段階とも言える、被害者の日本訪問も2002年10月15日に実現された。共和国は「拉致問題」を解決させるべく日本の訪朝団を受け入れ、出来る限りのことを行なった。このままいけば「拉致問題」は解決していたに違いない。 しかし事態は急変する。なんと日本側は10月30日、彼らを共和国に再び帰すことはないとの決定をしたのだ。「せっかく日本に帰ってきたのだから、共和国に戻る必要はないのでは?」とは思うのは早計である。この拉致被害者たちの故郷訪問には、まず彼らが日本に1〜2週間滞在し、その後共和国で暮らす家族たちと話し合いが出来るような場を設け、今後の居住地などの問題を解決出来るようにするといった、朝・日政府間の合意事項があったのだ。そのほうがどう考えても被害者たちにとっては好ましいであろう。家族とバラバラにされてしまうのだから。在日同胞である私たちなら、この気持ちを容易に理解出来るであろう。 「拉致」の疑惑が持ち上がった当初から、調査、謝罪、検証…と、共和国は真摯な対応を続けてきた。しかし日本はその対応を裏切ったのである。「拉致問題」に関して約束が破られたのは、この時が初めてである。朝・日関係の改善に向けて「拉致問題」を解決させようと、関係改善の雰囲気を作ってきた共和国の努力を、日本は水の泡にしたのである。この背後に当時内閣官房副長官であった安倍晋三がいたということは言うまでもない。共和国と日本は再び対決姿勢に入ってしまったのだ。 「拉致問題」の完全解決 時は過ぎ2004年5月22日、「朝・日平壌宣言」を再確認するために再び小泉首相(当時)が訪朝した。彼はこの間に起きた朝・日間の関係に遺憾を示し、共和国に「拉致問題」に対する再調査と拉致被害者の子女たちを日本に送ることを要請した。共和国側はこれを受け、小泉首相が帰国する際に被害者子女全員を一緒に帰るようにし、また調査も再開するようにした。 その後も共和国は、2004年11月に内閣府、外務省、警察庁関係者、法医学専門家などで構成された日本政府合同代表団が訪れた際に、死亡者たちに関する現地検証を行なえるようあらゆる便宜を図った。この代表団は、共和国の特別調査委員会から50余時間にも及び疑問事項に関する具体的な解明を受け、死亡者たちの死亡可否を確認するために16人の証人、目撃者たちとも面談し、死亡者の生活した場所にも訪れた。代表団の要請により、横田めぐみさんの夫、キム・ヨンナム氏にも会えるようにし、彼を説得して彼女の遺骨まで手渡した。日本に帰った代表団団長は、11月17日の参議院拉致問題特別委員会で「横田めぐみさんの病歴書は全体的に信憑性がある」と証言した。 このように共和国は「拉致問題」を解決するために責任を果たし、日本が約束を破った以降も誠実な対応を続けた。公式な謝罪をし、13人の拉致被害者のうち生存者5人とその子女7人全員を日本に帰国させ、また希望通り横田めぐみさんの遺骨も日本に返した。この問題に関してこれ以上一体何が出来るだろう。明らかにここで「拉致問題」は終結している。 日本に解決の意志はなし しかし、である。その後、「横田めぐみさんの遺骨は偽物」と根も葉もないことを言い出した日本は、今日に至るまで「拉致問題」と騒ぎ立てている。本当に日本は「拉致問題」を解決させたいのだろうか? 日本側の言う「解決」が「全ての拉致被害者の返還」ならばすでになされているし、死亡者を蘇らせろと言うのならば、解決は永遠になし得ないではないか。「拉致問題」を第一に掲げた安倍が首相になっても、「拉致問題」が一歩も前進していない事実は、この問題が終結したことを如実に表しているのではないだろうか。 それにしても「拉致問題」に関するこのような事実を追ってみるだけで、共和国側がどれほど「朝・日平壌宣言」の履行――つまり朝・日関係正常化に尽力してきたかがわかる。日本が植民地時代の過去清算問題に対して何か行動しただろうか。公式な謝罪すらしていない。あえて言えば、日本がもっと早く過去問題を清算し、共和国との関係を正常化していれば、そもそも「拉致問題」は起こらなかったのではないだろうか。「拉致問題」はもはや語るに落ちない。 では朝・日関係正常化の障害は何なのか? もちろん単純な問題ではない。しかしその問題の根源は、共和国ではなく日本であるということだけは確実に言えるはずだ。 ![]() 躍動する情勢の中で、日本の総聯弾圧は続いている |
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