セセデ連続講座2007年 2月 -日本政府による在日朝鮮人政策の本質

◆ポイント◆
そもそもの根本に注目。今も昔も変わっていないものがあれば、それが本質になる。



 万景峰−92号の入港禁止措置、総聯機関への不当な強制捜索、連日垂れ流される共和国バッシング…。今日本では一部の心無い市民までも、朝鮮学校や生徒、児童に対する嫌がらせの片棒を担いでいる。本誌でも紹介した通り、在日朝鮮人に対する日本政府の弾圧は留まることを知らず、日々強まる一方である。
 日本政府はなぜ在日朝鮮人を目の敵のようにするのだろうか? 在日朝鮮人を弾圧して何の得が彼らにあるのだろうか? 



在日朝鮮人が存在したら困る?

 日本政府にとって在日朝鮮人は、どのような存在なのか。まずは在日朝鮮人の発生経緯を振り返ってみよう。なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか。それを探るためには、日本が朝鮮を植民地にしていた、第二次世界大戦時代にまで遡る必要がある。
 植民地時代と言うだけあって、当時朝鮮(まだ北も南もない)は日本の統治下にあった。当時の朝鮮人は土地を奪われ、言葉も奪われ、悲惨な生活を強いられた。それに徴用、徴兵を強いられ戦場の弾除けや炭鉱、造船場など、日本で一番危険な労働現場へと狩り出された。その子孫、つまりこの植民地時代に朝鮮から日本へと強制的・半強制的に移った朝鮮人たちの子孫が、我々在日朝鮮人なのである。もちろん当時、日本に移った朝鮮人には様々な理由があるだろう。勉強しに日本に渡った朝鮮人もいる。しかし絶対的多数の朝鮮人が、日本の植民地支配の直接的・間接的な影響で、日本に移ってきたと言っても過言ではないはずだ(約150万人とされている)。
 さて、こんな歴史的経緯を持つ在日朝鮮人を日本政府はどう思うだろうか。
 戦後60年以上も経つのに「朝鮮を植民地統治していない」「侵略戦争ではない」とさえ主張する日本の政治家は、在日朝鮮人をどう思うだろうか。日本が当時の朝鮮を植民地にしたことは、世界も認める客観的事実だろう。植民地統治をしていたからこそ、大々的に強制連行、殺害、搾取、強奪などを行なえたはず。単純に考えて、これらの行為は犯罪であり、世間に与える印象も良くはない。この様な行為を行なったという過去は、その国にとって恥ずかしいことであり、国益のマイナスになりうる要素ではないだろうか。もちろん認めたくないし、消し去りたい事実ではないだろうか?
 もし認めたとしたら、補償問題も続いて出てくる。今もまだ残されている遺骨問題、賃金未払い問題、従軍慰安婦問題…など、その全ての補償をしようものなら一体いくらかかるのだろうか?
 そんな日本の中に強制連行された本人(又は子孫)がいるのである。日本で朝鮮人として生きて、過去に受けた苦痛を訴え、証言を行なうのである。日本政府からすれば煙たいだろう。まるで植民地支配の生き証人のようなものである。出来れば消えてほしい、何とか消すことは出来ないか…。この姿勢が今日の在日朝鮮人への弾圧の背景にあるのではないか。それが日本政府による在日朝鮮人政策の本音の一つではないだろうか。



「坂中論文」に見る「帰化政策」

「在日朝鮮人を消したい」というのが日本政府の本音ではないかと上で指摘したが、その根拠となりうる論文がある。坂中英徳(元入国管理局長)の『今後の出入国管理行政のあり方について』(1975年)である。その論文の特に「在日朝鮮人の処遇」という部分は、通称「坂中論文」と呼ばれ、日本政府の対在日朝鮮人政策の骨格とまで言われている。
「坂中論文」には在日朝鮮人の現状(当時)と、今後の展望について著者の主張が書かれている。坂中はこの中で在日朝鮮人の処遇政策を、@外国人としての地位を安定させる政策A「帰化」(日本国籍取得)をすすめる政策B本国への帰国をすすめる政策、と3つに大別。そして「まず先決問題として在日朝鮮人の在留の根拠となるその法的地位の安定を図ることが肝要」と指摘した。「坂中論文」の趣旨は、在日朝鮮人はどんどん数が少なくなっており、いずれは消滅するだろうが、もっと積極的に帰化しやすい環境を作ってあげよう、といったようなもの。坂中は言う。「在日朝鮮人は、今日、法律上は『外国人』であるが事実上は『準日本人』ともいうべき存在になっている。将来は、日本化がさらにすすみ、『朝鮮系日本人(国民)』ともいうべき存在となっていくのではなかろうか」。坂中は、朝鮮人として生きづらい環境を作ることで帰化を促し、日本人として同化させることで在日朝鮮人はいなくなると主張したのである。  このような「帰化政策」とも呼べる政策が、今も昔も在日朝鮮人に向けられていると考えられる。




現在の状況

 安倍政権による現在の露骨な共和国・総聯組織バッシングも、朝鮮人として生きづらい状況を積極的に作る「帰化政策」と見ることが出来る。
 ありもしないデマを作り上げ強制捜索を行ない、証拠もない疑惑を騒ぎたてて総聯組織の悪いイメージを植え付ける。そうなると当然組織に人は集まらなくなり、反対運動の一つも起こし難くなるだろう。祖国に対してもそうである。もし悪いイメージを植えつけられたら、祖国を祖国と考えたくなくなり、それは祖国との関係を切ることにもつながるだろう。
 ちなみに「別に祖国との関係がなくなっても、朝鮮人として生きていけばいいのでは?」という考えは誤りだ。朝鮮人として生きるなら、祖国が必要である。こう考えてみよう。なぜ安倍政権は「万景峰−92号の入港禁止措置が、在日朝鮮人に対する一番の弾圧」としているのか。なぜ在日同胞と祖国を物理的に引き裂く(直接的な関係を切る)弾圧を、新法を作ってまで推し進めるのか。なぜマスコミを使ってここまで共和国をバッシングするのか。全て一つの目的、祖国と在日朝鮮人の関係を薄め、切るために他ならない。在日朝鮮人と祖国がつながっていることの重要さは、逆に日本政府のほうが詳しく自覚しているのかもとさえ思えてくる。
 坂中は「ソフトな政策」を取り融和を図ると主張し、安倍政府はより強硬に弾圧を繰り返している。「帰化政策」を基本軸に、露骨な弾圧がそれを加速化させる。昔から一貫した卑劣な対在日朝鮮人政策だ。
 日本政府はいつの時代も在日朝鮮人に対して弾圧を繰り返してきたが、1、2世同胞たちはその度団結して闘ってきた。在日朝鮮人が屈することはなかったのだ。日本政府は、在日朝鮮人を「共和国の海外公民」として扱い、堂々と生きていけるよう今日のような差別社会を転換する義務があるのではないか。そしてきちんと過去を清算した上で、お互いを尊重し合えるように努めるべきではないか。私たち在日朝鮮人の立場は、私たちにしかわからない。だからこそ、自分たちから声を上げていくことが重要になってくるはずだ。





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